安保条約と自衛隊


 「象のオリ」訴訟
     最(一)判2003〔平15〕・11・27民集57巻10号1665頁(判時1844号29頁)

[事実]
原告(控訴人・上告人)は読谷村の米軍楚辺通信所(通称「象のオリ」)の土地の所有者であったが、駐留軍用地特措法により強制収用されていた。Xは賃貸借契約の更新も拒否したことから、1995年4月7日、改正前の特措法に基づき国は強制収用手続を開始した。ところが同年9月、米兵による少女暴行事件が起こり、当時の知事(大田昌秀)は軍用地の強制収用手続に必要な書類への「代理署名」を拒否した(この事件については、7 代理署名拒否訴訟)。その結果、96年3月31日には強制収用の期限が切れて、「不法占拠」状態になり、しかも97年5月には3,000名におよぶ反戦地主たちの土地についても同様な事態が生じる恐れが出てきた。そこで国は、97年4月、収用委員会が審理中であっても対称となる土地に暫定使用を可能とするよう、特措法を急いで改正した。
 Xは、国を相手取って、使用権原不存在の確認と1億1,800万円の損害賠償を求める訴えを提起した。一、二審ともXの主張を一部認めたにとどまったので、Xが上告した。

[判旨]
上告棄却
「我が国が、日米安全保障条約に基づく上記義務を履行するために必要な土地等を所有者との合意に基づき取得することができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(特措法3条)、これを強制的に使用し、又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならないものというべきである」。
……防衛施設局長がその使用期問の末日以前に……裁決の申請及び明渡裁決の申立てをしたが、当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しない場合において、その手続の完了に必要な期間に限って、引き続きこれを使用することができるものとすることも、上記の条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることに該当するものというべきである」。
 当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるか否かの判断……は、我が国の安全と極東における国際の平和と安全の維持にかかわる……政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断を要するものであることから、その判断は、特措法5条の規定により、内閣総理大臣の政策的、技術的な裁量にゆだねられているものというべきである」。
 行政手続については、憲法31条による「保障が及ぶと解すべき場合であっても、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、急性等を総合較量して決定されるべきものである」。暫定使用は、「従前からの使用の継続を認めるにすぎず、「条約上の義務の不履行という事態に陥ることを回避するために必要な措置」であり、しかも、地主に意見を述べる機会も与えられているので、「憲法31条の法意に反するということはできない」。
 ……


コメント
 本件判決は、?@収容委員会の審理中であっても暫定使用ができるとした改正特措法が憲法の財産権(29条)、適法手続(31条)に反するのではないか、?A契約が切れているのに1年以上当該土地を占有し続けた国の行為は意見ではないか、が主たる争点であった。その背後に日米安保条約の憲法適合性の問題があるが、原告はその問題自体を争わないでも、日本国憲法上の立憲主義と法治主義の原則(22条、31条等)に則れば、改正特措法はそれだけで違憲であると主張したが、最高裁は人権制約に必要な憲法判断の基準論の蓄積(例えば、立法事実に基づく規制目的と手段の関連の合理性の検証など)を無視して、安保条約上の義務を「公共の福祉」と直結させて、結果的に軍事的公共性優先の判決を下してしまった。


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